2016年04月29日

【長文注意】日本にまつわる神様の話

最近では無宗教、神様を信仰しないもしくは自身で神を選んだり創造していたりするのが今の日本では当たり前ですよね。
でも、聞いたことはあるかもしれませんが、海外の人からすると信仰心がないというのは不思議で、神を信じないのに道徳に優れている日本人はもっと不思議に映るそうです。
これってオカルト的に考えられません?(*'ω'*)
更に不思議なことに、日本には至る所に神様がいて、そして、それぞれが争うことなく共生しています。
(日本の神様たちの喧嘩は聞いたことあれど、土地争いだとか生存争いだとか、聞かない気がします)
例えば、土地神や土着神と呼ばれている、その土地に祭られている神様。一般的(海外的?)には自分の信じているものなどは他人にも広めたいと思う人が多いですが、土地神信仰は広がることなくその土地で必ず内包しているのは不思議だと私は考えます。
仮説というか、個人的な想像としては遙か昔に神とされる存在がその土地にいて、土地の人々にその土地の有益な情報を伝え、祀られていて。その周辺の地域の神と親交があったように、互いを人も神も侵略することなくそこに存在しているのです。

ただ、土地神そのものは幕府が天照大神を信仰するようにという教えを戦争と同時に行っていて、廃れた存在、信仰もありますが、未だに多くの場所に土地神として祀られていたりします。そうなると天照大神という神を信仰しながら土地神も信仰する。
これだと、キリスト教でありながら仏教を信仰しているような、そんな不思議さってありませんか?

もしかしたら、日本人というのは元々その土地に住む神の子孫で、土地神というのはその土地に住んでいた特殊な能力を持っていた神と呼ばれる人や存在だったのかもしれません。
神の子孫だからこそ、神を信仰する。というのにイメージが沸かないのかな。と私は思いました。
だって、他人を尊敬することはあっても崇めることはそうそうないでしょうから、神の子であれば同じように神という存在を受け入れはすれど、崇めたりはしない。というのが今の日本人の無信仰にはぴったりだと私は思っています。なぜ神の子かっていうと、上記のこともそうですが、日本の昔の手記や史実に不思議なことが
記載されていたりするらしくて、私はそういうふうに考えました。
第二次世界大戦のときの話

考えると不思議ですよね。神道があり、仏教があり、キリスト教があり様々な宗教が1つの国の中で争うことなく融合していると言うのは。確かに幕府がキリスト教を恐れから弾圧した過去もあるものの、今の時代では宗教による弾圧というのはそうそうありませんからね(新興宗教を除く)。

そして古代の神と呼ばれる存在達が争いではなく、互いに和をもった精神であったからこそ。その教えが血になって日本人というのは神が居なくても道徳をしっかりと知っているのかもしれません。
因みに、海外では道徳と宗教は切っても切り離せないものらしいです。例えば神が見ているから悪いことをしてはいけない。だとか、死後裁かれるから……と道徳と宗教を紐づけています。しかし、日本では道徳と宗教は結び付かず、別々のものとして存在しているのです。
これも、海外の人からすると不思議ですが、元々が日本の土地にいた人々が神の子や神であれば道徳を初めから持っていてもおかしくはないのかもしれません。

タルパと共に日本史、物理学、科学、数学、政治学を勉強している時にそんな話になりました。
海外から見て孤立している日本諸島、不思議なこと多すぎねーか!?(*'▽')
皆さんの見解とかも、聞けたらいいなー、なんて思ったり。
ここまで読んで下さりありがとうございました。
posted by ハロのあ at 17:37| Comment(0) | オカルト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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